すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論
(光文社新書)
新書 – 2017/3/16 堀江 貴文 (著)

【目次】
はじめに 「何かしたい」けど「今はできない」人たち
第1章 学校は国策「洗脳機関」である
第2章 G人材とL人材
第3章 学びとは「没頭」である
第4章 三つの「タグ」で自分の価値を上げよ!
第5章 会社はいますぐ辞められる
おわりに

このような本が出るというので、関連体験を書いてみようと思う。
(本の方は、まだ読んでいませんので注意。)

いい大学を出て、上級公務員か、上場企業に勤めることが一番であるという教育方針がまかり通ってきた。ここへきて、これに対し警鐘を鳴らす発言や著作がちょっとしたブームとなっている。

これは、教育関係者に限らず、多くの親たちも同じ。うちの両親(二人とも元教師)も例外では無かった。そのため、私は、大学に進学することを当たり前だと思っていた。

(例えば、ミュージシャンでデビューを目指すなら、大学などにのんびり行ってる暇などない。10代のうちに上京して、根拠のない自信でもOK、勢いでデビューしなきゃ無理。)

子供のころから、画家や音楽家にあこがれてはいたが、「それでは食っていけない」「食っていけるはずが無い。」と何度も言われていたような気がします。私自身も、絵や音楽では食えないと思い込んでいました。(洗脳されていた!?)

今なら思う。こういうの良くない!

あの教育方針さえ無ければ、私の人生、今とは違うものだったかも。
今で言う、デザイナー、イラストレーター、ミュージシャン、フリーランス、起業家、などに挑戦するのもアリだと言いたい。
(人により向き不向きはあるのでそこんとこは大人の判断でお願いします。)

ちなみに、会社やお店をやっている人(社長)の95%以上が、大卒では無いそうです。大学に行った人の多くは起業などしないそうです。

私は、大学4年になるまで、決められたレールの上を歩いていました。そろそろ就職活動をしなければという時期になり、突然、このままでは嫌だと強く思った。だから、同じ学部の友達とはとにかく違う方向に行こうと決めた。

ハッキリ言うと、ドロップアウトしようと決めた。

適当な広告代理店に入り、適当に辞めた。アルバイトを転々としながら、軽い肉体労働に従事し身体を鍛えた。イラスト、アート関係か、音楽関係のどちらにするかが、なかなか決まらなかった。哲学にもハマった。(20代は哲学三昧。)どっちも好きだが、どっちも飽きそう。優柔不断過ぎるけど仕方が無い。

そして上京、なんとなく友達に誘われてバイトしていた会社(友&愛)の社員になってしまった。レコードの新譜発注担当課長になってしまった。

誘ってくれた友達が、何かコトある毎に、上司に対して「会社を辞めてやる」と啖呵を切る。自分が辞めると、ホリ(私)も一緒に辞めるぞと脅す。(何故か、こういう人いるよね。)そんな卑怯な訳の分からない啖呵を聞くのも飽きたので、私から辞めようと言ってやった。そして本当に辞めた。

その後、仕事を探したが、どこも給料が安すぎて話になんない。(前の会社では課長になっていたので、そこそこの高給だった。)

そのころ、何故か突然目覚めた。

これまでの自分の考え方は、「常に自分は正しい。」だったが、実は自分が間違っていた。」「自分がもっと違う考え方をしていたら、もっとウマクいったハズだ。と気づいたのです。すると、あの時はあーすればヨカッタ、こうすればヨカッタ(たられば!?)、、、と新しい考えやアイデアが次から次へと溢れ出てきたのです。

その後「(株)パワーミュージック」を設立するに至ったのですが、基本にあるのは、これまでの自分を否定することでした。

つまり、自分を変える事、自己改革、頭を切り替えることでした。すると、なんとなく素直に人の話が聞けるようになりました。

大ざっぱに言うと、性格的にも丸くなりました。考え方が以前より随分大きくなれたようにも感じます。視野が広がりました。

そのころの起業は、会社かお店を作ること、そのどちらかだった。資金がないから、お店は無理なので会社を作った。でも、私の場合、仲間はいたんです。